山岳ガイドの遭難
強風と大雪、氷の壁に囲まれ、食料も水も酸素ボンベもなく、隠れるシェルターすらない状態でどう生き延びたのか。エベレストの下山中に行方不明になった山岳ガイドが6日後、奇跡的に救助されたという報道に、改めてヒマラヤの難しさを実感しました。
地元紙などによると、ネパール人ガイドのダワ・シェルパさんが最後に目撃されたのは5月29日、標高7千㍍を超えるキャンプ3付近でした。
吸い込める酸素は地上の3分の1と薄く、強風下では体感温度がマイナス50度ほどに。雇われていた登山隊からはぐれ、過酷な環境を知る家族は葬儀の準備を始めていたそうです。
発見したのはエベレストの清掃作業中の職員で、氷瀑(ひょうばく)を這(は) って進む人影を偶然見つけました。シェルパさんは指に凍傷を負うも、他の登山隊がキャンプに残した食料で命をつないだのだそうです。
エベレスト登山は1990年代に商業化が進み、旅行社の有料公募隊が急増。一部の超人的登山家だけのものではなくなりました。この春シーズンの登頂者は初めて1千人を超えた、とネパール観光省は発表しています。
しかし、登山を支えるガイドは待遇改善が進まず、その危険性から人手不足が広がっているようです。シェルパさんも本来キャンプ支援が担当で、登頂の経験はなかったそうです。
当局は登山隊に問題はなかったか、徹底的に調査すると表明しました。遭難を奇跡の生還で終わらせず、最高峰の安全と責任を見直すきっかけにと願います。
朝日新聞論説委員 西山良太郎
