現場一期一会(被災男性の残した記録)

被災男性の残した記録

小さな仏壇に飾られた遺影の男性は優しい表情でした。昨年9月、82歳の生涯を閉じたそうです。今夏に初盆を迎えます。

三陸沿岸にある岩手県釡石市です。東日本大震災から14年余りで、街は復興しました。男性も元の宅地に住宅を再建しました。

男性は震災時の町内会長です。消防団の活動経験者で、避難所となった釡石小学校で陣頭指揮をとりました。

体育館や教室の部屋割りから食事の配給、支援物資の配布……。集団生活に必要なルールを大書して示しました。がれきの撤去が進むと、アスファルトのはがれた街路に東京都の支援で花を植えました。

後日、被災体験と次に備えるための教訓を、被災地の外に伝えて回りました。
その際にいつも、避難所となった釡石小学校の校歌を紹介しています。

「いきいき生きる いきいき生きる」から始まる歌詞は、作家井上ひさしさんが書きました。最後は「手と手をつないで しっかり生きる」です。住民の多くは卒業生です。避難所でよく歌われました。

男性は一連の記録や資料をファイルにまとめています。大災害からどう立ち上がったのかを伝える民間の記録です。男性は生前、取材で訪ねた際、ファイルを開いて、記者の問いに答えてくれました。

同じように被災地の片隅で、人目に触れずに眠っている記録がまだあるはずです。被災者目線でまとめた記録も後世に残す策はないか。仏壇に手を合わせ、遺影の男性に問いかけてみました。

朝日新聞立川支局員 山浦 正敬