手の骨が折れてもMVP
顔面の正面衝突で鼻筋が曲がったり、スクラムで耳がつぶれ、ギョーザ状に内出血したり。突き指で靱帯(じんたい)が伸び、まっすぐには戻らないことも――。ラグビーは痛手を負いながら、試合終了までプレーを続けてしまう例は珍しくありません。けれど、これは想像を超えていました。
今季のリーグワンで2年連続MVPのリッチー・モウンガ選手(BL東京)は、6月のプレーオフ決勝で攻守の要、スタンドオフとして出場。試合後に黒いサポーターを外すと、右手は分厚く腫れ上がっていました。実は1週間前の準決勝で骨折していたそうです。
しかし、試合ではけがをみじんも感じさせませんでした。片手パスや鋭角なステップ、守備ラインの裏に落とす精緻(せいち)なキック。加えて、身長で20㌢は大きく、体重でも30㌔は重い相手の巨漢選手をはじき飛ばす猛タックルと、縦横無尽の働きでした。
強調したいのは、彼がけがを押して出場したことではありません。
過去にも手の骨折を何度か経験し、プレーは可能だと知っていたそうです。なぜか。右手の負担を軽くするパスやタックルでの体の使い方など、けがを補う多様な方法を熟知しているからでしょう。そうしたプレーの引き出しが、ニュージーランド代表に選ばれ、世界有数の司令塔となった原動力だと思います。
リーグワンは近年、待遇や社会環境の良さもあり、海外から好選手が集結しています。これがどれほど若い選手を刺激することか。国内のラグビーは、今が学びの季節かもしれません。
朝日新聞論説委員 西山良太郎